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- 銀座三越に日本第1号店出店(1971年7月)
銀座から生まれたハッピー
「1号店は郊外のドライブスルーが良いだろう」。マクドナルドの日本出店が決定した際、米国マクドナルドからそんなアドバイスがありました。そのため、1号店の出店場所として神奈川県茅ヶ崎市が候補にあがっていたのですが、創業者藤田
田の考えは違いました。日本の流行は銀座から全国に広がっていくという強い思いのもと、ハンバーガーという新しい食文化も日本の文化の中心地「銀座」からスタートさせることで、全国への拡大を目指そうと考えたのです。銀座でなくてはならない。その信念が実を結び、銀座三越との1年に及ぶ交渉の末、百貨店1階への出店が決定しました。
しかし一番の難関は店舗の設営でした。デパートに来店されるお客様にご迷惑をおかけすることのないよう、日曜日の閉店時刻18時から、休館の月曜日をはさみ、翌火曜日の営業開始時刻9時までのたった39時間以内に新しい店舗を完成させなければならなかったのです。何もない一角に、新たにハンバーガー店を設置するには電気、ガス、水道の工事に加え、厨房やカウンターなども設けなくてはなりません。不可能と思える条件でしたが、この難題を打破するヒントとなったのは、舞台での短い幕あいに舞台装置を変える大道具さんの早業でした。関係者が一丸となって綿密な作業手順を立て、部材を組み立ててはバラすという入念な訓練を繰り返し、工程を体に覚え込ませました。そして3回目のリハーサルでついに36時間での組み立てに成功。迎えた本番当日は大きなトラブルなどなく、39
時間以内でテイクアウト専門の「日本マクドナルド1号店」が完成しました。華々しいテープカットを終えるとすぐに興味を持った多くのお客様が訪れました。銀座のど真ん中でハンバーガーを食べる姿は物珍しく、その姿を見た方がまた1号店に押し寄せ、お店の前は大変な賑わいに。日本中誰もが知るマクドナルドの歴史は、日本の文化の中心地からセンセーショナルに始まったのです。