#060
現代美術×マクドナルド。
見えない世界と日常をつなぐ場に
六本木ヒルズ店にて「マクドナルドラジオ大学」を開校中
2023.7.10東京都
イヤホンから流れる「講義」に耳を傾ける。六本木ヒルズ店には今、そんなお客様の姿があります。
2023年4月19日より、森美術館(東京都港区)では開館20周年記念展「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」が約5カ月間にわたって開催されています。演出家/アーティストの高山明氏を中心とした創作ユニットPortB(ポルト・ビー)が本展の出品作品として展開しているのが、「マクドナルドラジオ大学®」。美術館を出た先の六本木ヒルズ店で、メニューと一緒に様々な講義をQRコードから読み込み、聴講することができます。
マクドナルドが「大学」に。その取り組みに込められた高山氏や森美術館の思いをお届けします。
マクドナルドで不意に開く、世界への扉
マクドナルドラジオ大学の「教授」を務めるのは、様々な理由で故国を離れることになった移民や難民だ。高山明氏がこのプロジェクトを始めたのは2017年。きっかけはドイツでの難民との出会いだった。
「例えば、故国にいた頃は学校の先生だったり建築を勉強していたり、それぞれにアイデンティティとしてあったものが、難民となった途端に『難民』でしかなくなって、ドイツのルールに同化するしかない彼らの姿を見ました。本来好きだったものや生業にしていたものについて、彼らに講義してもらいたい。そして、受け入れる側であるドイツ人がそれを聞くことで、一方的だった関係をひっくり返すことができるのではないかと考えました」。
では、その教壇をどこに設けるか。そう考えたときに、高山氏の頭に浮かんだのがマクドナルドだったという。
「難民たちの多くは中東からバルカンルートを渡ってヨーロッパへ入っていきます。そのルート上にあるマクドナルドで、彼らは生命線となるスマートフォンを充電し、フリーWi-Fiで情報を取得し、手頃な価格で食事をとることができる。マクドナルドは難民にとってそうした居場所になっているという話を思い出しました」。
加えて、マクドナルドに集う人々の「多様性」も着目点になったと高山氏は続ける。「劇場や美術館では多文化共生の重要性が叫ばれていますが、作品上でそうした問題提起はされども、客席には余裕のある一定の層しかいないのが現状です。一方、マクドナルドでは多様なバックグラウンドを持つ人々が同じ時間を過ごしている。そんな場所を舞台とすることで、ある種劇場のあり方への問いかけにもつながると考えました」。
フランクフルトを皮切りに、これまで香港やブリュッセルなどで開校されてきた。今期は、店内に掲示したQRコードから講義の音声データを読み取って聴講するスタイルで、これまでで最も長い約5カ月間の開校となる。日常に溶け込んだ場所で、誰にでも開かれた機会を作りたかったと、高山氏はうれしさを覗かせた。「たまたま目の前にあったQRコードから、思いがけず難民の授業を聞いた、という出会いの方が記憶に残るのではないでしょうか。難民問題を別世界の話だと思っている人も多いと思いますが、今いるこの場所にも、焼け野原だった時代があります。遠くにあると感じるものが実はそれほど遠くなく、扉一枚挟んだ向こう側にある。その世界を知りたいと思う、小さなきっかけになれば何よりです」。
現代美術や世界に目を向ける「入り口」として
今回のマクドナルドラジオ大学のポイントの一つは、森美術館の20周年記念展の出品作品でもあることだ。
森美術館のアシスタント・キュレーター※として、展覧会の企画に携わる熊倉晴子さんは、本展の意義の一つを「アートを通じて世界を学ぶ」ことだと語る。
「『ワールド・クラスルーム』展は、あらゆる領域と複雑に絡み合う現代美術を理解するためのフックとして、学校科目にならってセクションを設けています。そんな本展の最後、『課外授業』として高山氏によるマクドナルドラジオ大学の案内を展示しています。本展を見終えた先につながるマクドナルドへの動線が、ナチュラルに日常と現代美術の境目をなくしてくれます」。
私たちの日常へと回帰していく展示が、まさに理想としていた形だという熊倉さん。「現代美術は簡単です、とはどうしても言うことができません。なぜなら、それは複雑な世の中をそのまま反映したものであるから。複雑でありながらも、自分の身近にあるものとして捉えてほしいと考えています。本企画では、私たちにとって身近な存在である『マクドナルド』が、日常と複雑な世界をつなぐ結節点となっているのです」。
こうした来館者を巻き込む参加型企画は、現代美術において重要な視点であるものの、運営にあたっては懸念すべき点も増えるという。「森美術館としても、マクドナルドのような企業とともに一つの『作品』をつくるという試みは初めてでした。今回実現できたのは、森ビルとマクドナルドがこれまでに築き上げてきた関係性があったからだと感じています。今後も、さまざまな形でコラボレーションを図ることができたらうれしいですね」。
※ 博物館や美術館で資料収集、保管、展示、調査研究などに携わる専門職員
「食事の楽しみ」と一緒に、「学び」や「発見」もお届けする
「4月中旬から開校しているマクドナルドラジオ大学ですが、幅広い世代のお客様に関心を寄せていただいています。案内ポスターをご覧になられているお客様にお声がけしたり、講義を聴く手順をご案内したりと、クルーたちも張り切っています」と六本木ヒルズ店の中束店長は話す。
六本木ヒルズ店では、コロナ禍以前となる2019年にも2日間にわたってマクドナルドラジオ大学が開校された。その際は六本木アートナイト※の一環として、「教授」となる方が店内のどこかからピンマイクを使って講義を発信し、「学生」となるお客様は配布されたポータブルラジオから聴講するというものだった。
「前回はリアルイベントとしての一体感がありましたが、今回は各々が聞きたい講義を選択するスタイルで、長期間にわたって開校されています。より気軽に、ご自身のペースで興味の赴くままに聴講できるスタイルとなりました」と今期ならではの魅力を語る。
また、森美術館の半券を提示いただいたお客様にマックフライポテト®(Sサイズ)を提供しているほか、六本木ヒルズ店のレシートを森美術館で提示された方に限定ポストカードを配布するという相互のサービスも実施。「こうした取り組みにより、マクドナルドをより多くのお客様にご利用いただけていることをうれしく思います。都心にある大型店舗の規模感を生かしながら、これからも新たな体験をお客様に提供できるような取り組みを積極的に行っていきたいですね」と意気込んだ。
※ 年に一度開催される、六本木の街全体を美術館に見立てオールナイトでアートを楽しむイベント